展示情報
2021年9月15日(水)~11月14日(日)[予定]
「いも観音さん」2躯(長浜市木之本町黒田西黒田・安念寺所蔵)
平安時代(後期)/ 木造 古色 彫眼
【左】天部形立像 像高 95.5cm 【右】如来形立像 像高 93.0cm

賤ケ岳の南麓、戦国武将黒田氏発祥の地、黒田村の枝郷・西黒田に建つ安念寺は、奈良時代神亀3年( 726 )の草創という。通称「いも観音さん」。この堂には、朽損した像ばかり17 躯の平安古仏が伝わったが、近年、2度の盗難に遭い、現在は 10 躯のみ安置されている。
10 躯のうち、5躯は像高約 135 ~150cm のほぼ等身像、2躯は像高約 100cm のいわゆる三尺像、残りの3躯は胸部から上のみ伝わっている像である。今回の東京長浜観音堂出陳像は、このうち三尺サイズの2躯である。寺伝によれば、向かって左は毘沙門天、右は大日如来と伝えるが、いずれも両肩から先と足先を欠失し、当初の尊名はわからない。両像ともヒノキとみられる一材から彫出し、内刳りは施さない。肉付けを強調しない点などから、平安時代も後期、 11 世紀頃の作かと推測される。
焼けても壊れても朽ちても、自分たちにとってはかけがえのない家族のような身近な 存在「ウチの観音さん」。地域に伝わるホトケを、限りない愛情と誇りと親しみをもって大切に守り続けている湖北地方の信仰の「こころ」が、ここにも受け継がれている。
※「いも観音さん」の「いも」とは?
かつて、伝染病(疱瘡(ほうそう ):天然痘 (てんねんとう))が流行しました。
罹患すると高熱や全身に発疹が出、治癒後も皮膚に痕跡が残りました(いわゆる、あばた顔)。
その瘡蓋 かさぶた のことを「いも瘡 がさ 」とも言いました。仏像表面の荒れから、「いも観音さん」と呼ばれ、皮膚病に効験あり(身代わり)と信仰されてきました。
安念寺のほか、全国には「いも薬師」「いも地蔵」なども伝わっています 。
※どの像が「いも観音さん」?
10躯すべてが像表面の荒れた像です。 10 躯すべてが「いも観音さん」であり、安念寺のことを総称して「いも観音さん」と呼んでいます。